【プロフィール】これまで



長めのプロフィールです。

人様にお話しするほどのことはないですが、

ざっくり振り返ります。

 

地元「ちばらき」

生まれたのは千葉の成田ですが、小学1年生からはずっと茨城で育ちました。

茨城といってもいわゆるニュータウンだったので周囲は県外出身の家庭が多く、

茨城弁を耳にすることはあまりなかったです。

茨城でも常磐線ですぐ千葉へアクセスできるエリアだったので、

中高生となると買い物や予備校はお隣り千葉の柏(最寄駅から電車で20分)へ出かけることが多く、

地元では「ちばらき」(茨城と千葉を混ぜた地名)と自称(?)することがあるほどでした。

ニュータウンは元々畑や林だった、

のどかな地域を開発し、一気に同じような住宅や団地を建てて作られるので、

昔ながらの店や工場など、色んな用途の建物が混ざって町が形成されている

静岡出身の夫には違和感があるそうです。

それが当たり前で育った私にとっては、

道路・歩道が広くて一方通行なども無く、

大小の公園が一定のエリアごと整備されている、

少し行けば(元が田舎だけに)自然もたくさんある、と、いいところもあります。

ごく一般的な公立校で学ぶ

私立の名門校などが無い地域のため、

小・中と学区の市立学校、高校も自転車通学が容易な、

家から一番近い高校に進学しました。

今振り返ると中学の頃はちょっと冷めた子供で、

高校は自分の理想の大学へ行くための通過点、

という認識しかなく、

通学に時間を割かれず、レベルも地元ではトップじゃないけどそこそこ良い、

ということだけで選んだので、

当初高校生活にそれほど大きな期待はなかったのですが…、

結果、大人になっても細く長く付き合える友人を男女共に得られ、

学生時代で一番楽しい時期となりました。

部活動で仲間と共に一つの目標に向かって邁進したとか、

甘酸っぱい恋愛を経験したとか、

特別何かに夢中になれたわけではないけど、

(部活は年に数回の撮影旅行を気楽に楽しむ写真部、

恋愛は憧れ程度で具体的な何かは特段起こらず‥)

クラス皆で先生の雑談を盛り上げ授業を脱線させたり、

テスト最終日に仲良しグループでカラオケにいったり、

球技会の女子ドッジボールで本気になりすぎて別クラスの友人と気まづくなったり‥

何気ない日常が楽しかったです。青春ですかね(* ̄ー ̄)

リケジョな大学時代

国立大を目指し一浪中、

「受かったら早めに進学先が決まってラッキーだな」

と早稲田大のAO入試を受験、

思いがけず合格したので金銭面の心配をしながらも親の許可を得て、

早大理工の建築学科に進学。

一般的にイメージされるような都内の私立大学での学生生活からはほど遠く、

茨城の自宅から往復3時間半の電車通学、

キャンパスはコンクリート打ち放し&むき出しのダクト多数の工場的空間、

サークル活動もせず課題に追われる毎日。

キラキラ要素は皆無でした。

いくら通学に時間が取られると言っても

人生で一番融通の利く学生期間。

もっとこの時期にしかできない学びや交流をしておけばよかったと

今思うと後悔ポイントだらけです。

出会い

大学4年で所属した研究室で現在の夫に出会い、

修士1年から付き合うことに。

静岡出身の夫は都内に一人暮らしをしていたので

通学に時間がかかる私は度々泊まらせてもらい、

付き合い始め頃は池袋、

直後に実家親の都合(東京に出てきて泊まるのに便利)で

恵比寿と、都内住まい感覚を体験させてもらいました。

学生生活終盤にして、若干キラキラ要素があった期間かな‥

カップラーメン工場でバイトしつつ建築士取得

当初より何となく企業ではなくアトリエ系設計事務所

(個人経営の小規模な設計事務所のことを建築設計業界で「アトリエ系」と言います。スタッフが流動的で、新卒とかにあまり拘らないところも多い)を志望していた私は

特別就職活動もせず修士期間をやり過ごし、

卒業前から「とりあえず、まず資格取ろう」と建築士の勉強を始め、

卒業後は皆どこかしらに就職するなか、

引き続き実家にとどまり昼間は勉強、

夕方から夜にかけてカップラーメン工場でバイトする生活へ。

なんで早大出てカップラーメン作ってるの?

と不思議がられるのは

なんだか心苦しい気持ちもありましたが、

試験に集中できる期間を設けたおかげで

4か月後、無事筆記試験に合格。

バイトを辞め、

夫が戻っていた静岡へやってきました。

静岡での生活始まる

夫は卒業後、知人の紹介で海外の設計事務所に就職予定でしたが、

リーマンショックや建築士の構造設計偽装問題による

建築士全般の信頼が揺らいだ事件等により元気を無くした、

静岡の実家の設計事務所へ急遽入社、実家へ帰省していました。

私が静岡に来るのを機に

夫も実家を出て、静岡市内のアパートで同棲を始めます。

私は無事製図試験も通り、

無事、名ばかり・フリーターの一級建築士となりました。

(設計事務所に所属していないとどのみち実際には仕事を請けられないので、詐欺じゃないですよ!)

その年は義母のお店でバイトさせてもらったりして過ごし、

翌年度から正式に夫実家の設計事務所に入社させてもらい、

建築士としての具体的な仕事を開始、

ゆっくりめ(得意分野を活かした結果プレゼン作成メインになった)

ながら実務経験を積み、今に至ります。

結婚

静岡に来た翌年、とりあえず入籍、その1年後の春に結婚式を挙げました。

静岡に来てすぐ入籍&式とならなかったのは、

お互い新しい生活が落ち着かなかったためですが、

夫の資格取得を待ったことも大きいです。

私は実家に依存したバイト生活により一度で合格できましたが、

仕事をしながらでは夫のように3度目の正直でやっと合格に至る、、

というのは決して珍しいことではなく、建築士試験ではごく一般的です。

何年も資格学校に資金と時間を費やし、それでも取れない‥という人もいるくらい。

建築業界がハードワークなこと、

実務が必ずしも試験に直結しない(別に対策が必要)ことが主な理由で、

(近年は試験自体の難易度は変えずに

受験のタイミングをより早いうちに取れるよう制度が変更されたりしています。)

保守的と表現されることもある静岡で商売をしていくなか、

きちんと式を挙げないのも‥との義両親の意向もあり、

入籍の翌年、静岡の駅近くの式場で一般的な結婚式を挙げさせてもらいましたが、

(当初はお互いの友人も多い都内のレストランなどで

内輪だけの食事会のような形でも良いと思っていた)

式の段階では夫はまだ資格が取れておらず、

式の直後は受験勉強のため新婚旅行などではなく、

その年無事合格に至ったものの当時に私が長男を妊娠、

新婚旅行的な海外旅行は叶わないまま

現在に至ります。。。

子どもが手を放れてきたら、

夫婦で海外、行きたいなぁ・・

(子どもとも行きたいけど、それとも別に)

出産とお出かけ先の変化

3度の出産については別ページ参照↓。

【出産体験談】3人産んだ出産エピソード。最大の痛みは産む瞬間じゃなかった!

2018.10.29

元々出かけるのが好きだった私は

子どもができる前は建築巡りやカフェ巡りが休日の楽しみで、

現在でもできる限り行くようにはしています。

でもお洒落なお店の中には

小さい子ども連れでは入りにくいところも多く‥

やはり子どもを喜ばせようと、

子供向けの公園やテーマパーク、

長男が5歳になった頃にはキャンプも‥

と、子ども向け、ファミリー向けのスポットへ行くようになりました。

でもあくまで子どもだけでなく、

自分も楽しめるところを意識し、

近場の公園、定番の場所というよりは、

極力ちょっと遠い場所、行ったことのない場所、

季節の花が咲いているところなど、

なるべく自分が行きたいと思える場所をその都度探して行くようにしています。

そうは言っても

子供がいなければ行こうと思わなかった場所

に行くことが多くなったのは確か。

それでも子どもが喜べば自分も嬉しくなるし、

思いもよらない新しい発見もたくさんあります。

このサイトでは

そういった「発見」を記録することで

自分と家族の備忘録になり、

あわよくば

通りすがりの誰かの役に少しでも立てばと

子どもとのお出かけをまとめていきたいと考えています。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

kkshaha

静岡市在住、長男(6)次男(3)長女(2)を育てる母です。 お出かけが大好きで週末はどこかしらへ出かけているので 子どもとキャンプ・旅行・公園などのお出かけ記録をメインに、 育児、読書の記録を綴っていこうと思います。 また仕事は建築士をしているので、 職業柄、アウトドアのお出かけにも建築士的視点が混ざっています。